白方雄平 (長崎国際テレビ・平成19年 明治学院大学卒業)

 私が山本勉強会に出会ったのは大学三年の夏の初めでした。アナウンサー職に内定をいただけたのはそれから一年半後の四年の十二月になってからでした。それまでは「就職するのかぁ。俺は何がしたいのかなぁ」と自分の未来像は漠然としていました。アナウンサーなんて夢のまた夢だと思っていました。

 そんな私に山本先生は「ともに戦おう」と言ってくださったのです。 私は夏のセミナーこそ書類が通ったものの、その後のキー局、準キー局の本試験は書類か一時面接ですべて落ちてしまいました。自分の中に「やっぱりアナウンサーなんて無理なんだ」という気持ちが膨らみつつありました。そんな中若林先生は私に「おまえの目は 本気じゃない!情けなくないのか!」とおっしゃって下さいました。私ははっとしました。「自分を変えるためにアナウンス受験を始めたのに、また自分に甘えを持ってしまっていたのか」情けなくなり、私は汐留の喫茶店で人目もはばからず泣き崩れてしまいました。それからは毎週、金曜日のレッスンのほかに山本先生、若林両先生に特別レッスンをつけてもらいました。先生方はお忙しいのにもかかわらず、私の特別レッスンを快く引き受けてくださいました。

 大体三年生の冬位にやっと地方局受験の書類や面接が通り始めました。そのころになるとアナ受験におけるライバルは絞られていきます。背の高いイケメンや声がしっかりしていて今すぐにでもデビューできそうな学生など、強力なライバルたちは全国にたくさんいます。昔の自分なら、そんなライバルたちを控え室で見つけただけで諦めていたと思います。けれど、勉強会でのレッスンを繰り返すうちに「自分は山本勉強会で頑張ってきたんだ。日本一の勉強会の生徒だ。」と自信を持って受験会場に乗り込むことができるようになっていきました。

 それでも私はなかなかアナウンサー職で内定を取ることはできませんでした。もう四年生の夏。三回目の最終試験に落ちたとき、泣きながら先生方に電話で報告しました。普段の先生なら「泣いてるひまがあったら練習しろー!!」とおっしゃるのですが、そのときは優しく「次はぜったい大丈夫だから。安心して受験を続けなさい」と声をかけてくださいました。先輩や同じ受験仲間たちも「いっしょにがんばろう」と私を支えてくれました。先生方の言葉、仲間の絆のおかげで、私は四年の十二月、長崎国際テレビの内定を取るまで受験を続けることができました。