星和明 (青森放送) 青山学院大学卒業

「継続は力なり」自分がアナウンサーになれたのはこの一言に尽きます。

●1年目(発見の年)
書類は通るが一次面接が通らないという状況が続きました。そこで専門的な対策が必要だと感じ、山本勉強会の門を叩きました。すると、1ヶ月ほど経ってから受けた試験では二次試験まで進めたのです。そのとき「一の次には二があったんだな」と当然のことなのですがしっかりと対策すれば次へ進めることを実感しました。それから受けた試験はほとんど一次で終わることはありませんでした。

●2年目(経験の年)
しかし、そこから内定へは遠いものでした。気づけば大学卒業の時期を迎えましたが
せっかく少しでも進んでいるのだからと思い2年目の就職活動を決意しました。時期を同じくして、ケーブルテレビのレポーターの仕事を1年間手に入れることができました。今まで山本勉強会で学んできた経験、アナウンサー試験を受けてきた経験が活きたのだと思います。ケーブルテレビでは常に現場を経験させてもらい、怒られ、落ち込み、時には楽しい出会いもあり、良い勉強になりました。そんな中、試験を受けていましたが、結果は芳しいものではありませんでした。

●3年目(決意の年)
そして、大学を卒業してから2年、就職活動を始めてから3年目になりました。ケーブルテレビの仕事も終わってしまい、学生でもない、レポーターでもない、何も無い自分になってしまいました。自分にはアナウンサーの適性が無いのではないかと思い、別の仕事を探そうかと考えました。しかし、今まで山本先生から指導していただいたこと、勉強会で学んだこと、ケーブルテレビで経験させてもらったこと、自分が費やしてきた時間を裏切ることになると思ったのです。とはいえ、ダラダラと続けることはできないと思い、これ以上アナウンサー試験は受けないと自分で決めて、最後の試験に臨みました募集要項では年齢制限を1歳越えていましたが、迷わず書類を提出しました。すると、書類は運良く通り、試験もあれよあれよという間に進み、気づけば会社から「内定」という電話をもらったのです。後日届いた書類には「内定」の二文字がしっかりと書かれていました。

 この短い言葉を見るために、随分と時間を費やしたものだなと思いました。ですが、この短い言葉が、じわりじわりと自分の中に染み込んでいったのを忘れません。全てのことは繋がっていると思います。

 1の次は2があります。人によっては1の次は1,5かもしれませんが諦めずに続ければ、必ず少しでも進んでいるはずです。自分の場合は歩みがゆっくり過ぎたかもしれませんがアナウンサーという夢をあきらめず「続けた」ことが内定という結果となりました。山本先生、ありがとうございました。これからはアナウンサーとして、一歩ずつ進んでいきたいと思います。