
村上幸政 (山梨放送・平成26年・専修大学卒業)
大学に通うため、実家の茨城県から上京した19歳の春。受験に失敗していたため、その敗北感からか、「意地でも憧れの職業に就きたい」と強く思っていました。その気持ちに突き動かされ、山本勉強会の門を叩きました。 人生何が起こるか … 続きを読む
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大学に通うため、実家の茨城県から上京した19歳の春。受験に失敗していたため、その敗北感からか、「意地でも憧れの職業に就きたい」と強く思っていました。その気持ちに突き動かされ、山本勉強会の門を叩きました。 人生何が起こるか … 続きを読む
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通い出したのは大学2年生の冬。堕落しきった生活を変えたいと思ったとき、「テレビ局で働きたい」という小さいの頃の夢を思い出しました。だから、僕が本気でアナウンサーになりたいと思ったのは山本勉強会に通ってからです。 「仕事が … 続きを読む
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私が山本勉強会の門を叩いたのは、大学2年生の冬でした。それから2年間、山本勉強会にお世話になり、本当に行きたいと思える局から内定を頂くことができました。山本先生、若林先生のお力添えが無ければ、今の自分はありませんでした。 … 続きを読む
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私は、山本勉強会からたくさんの刺激を受けながらアナウンサー受験を続けてきました。この刺激があったからこそ、どんなに辛くても前を向いて受験を続け、そして内定をいただくことができました。 【先生】 山本先生は、私のことを「ピ … 続きを読む
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若林先生に初めてお会いしたのは、1年生の6月でした。日本テレビ社屋内のカフェで、ただ「アナウンサーになりたい!」と漠然と思っていた私に、初対面にもかかわらず、アナウンサーを目指す心構えやアナウンサーの仕事の厳しさを熱く … 続きを読む
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「大丈夫だよ。お前なら絶対にアナウンサーになれる」東京キー局のアナウンサー試験に全く通らず、落ち込んでいた時。若林先生からかけていただいた言葉です。非常識なほど高倍率なアナウンサー試験。いつ終わりが来るのか、終わりがあ … 続きを読む
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私がアナウンサーとして内定をいただけたのは、山本先生、若林先生の厳しくも親身なご指導があったこと、また、全国のOBの先輩方に面倒をみていただいたからです。 私が山本勉強会に入会したのは、大学2年生の冬でした。当時、だらけ … 続きを読む
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怒られ続けた2年8か月間、私は、山本勉強会に入ってから数えきれないほど怒られました。アナウンスの事は、もちろんですが、それ以外の部分で怒って頂きました。 それは、報告、連絡、相談のホウレンソウ。時間管理、健康管理、挨 … 続きを読む
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大学4年生の春、私はインターネットの情報から山本勉強会を知りました。しかし、アナウンサーの勉強は遅くても大学2年生の終わりごろからはじめるものと以前本で読んだことがあり、内心は無理だろうと半分諦めていました。初めて、山 … 続きを読む
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私がアナウンサーとして内定をいただけたのは山本先生、若林先生をはじめとする山本勉強会の先生方の厳しさがあったからだと思います。山本先生、若林先生は本気で私のことを叱ってくださいました。練習不足で小さな声しか出なかった実 … 続きを読む
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